前作の「傘を持て」が印象的なたゆみまゆ先生の新刊BLは、レコード店の店長と記憶喪失の青年の札幌の商店街を舞台にした温かくも一風変わったお話です。
舞台になっている商店街は「狐小路7丁目」という名前でしたが、実際に札幌に近い名前の商店街があるそうです。地元の人にはあそこかな?と分かる人には分かりそうですね。
たうみ先生は観光客のふりをして何回も写真を撮りに通われたそうですが、実際の地方のある風景や土地を元にした舞台の作品っていいなあと思います。
架空の舞台だけど何となく親近感が持てるというか、今もどこかにこのキャラクター達が実際に呼吸をして幸せに暮らしてるのでは…とあったかい気持ちになれるというか。
ココロニイツモというタイトルは、心にいつも音楽があるという意味なのか、あるいは心にいつもあの人とその記憶があるという意味なのか。
懐かしいあの頃の記憶を音楽と共に思い起こさせるような、音楽の持つ力って偉大だなと思える作品でした。
タイはユイに拾われるまでの記憶がなく自分の名前すら覚えていない状態でした。しかしタイには特殊な能力が備わっていて、一度聴いた旋律は忘れないためレコード店でもその能力が役立っています。
「この曲なんだっけ?」にすぐ答えられるという能力は、確かに音楽関係の仕事に向いています。
ユイの友人のヒロシの「はんにゃにゃふんにゃにゃはんにゃにゃふんにゃ~♪」とかを聴いてすぐあの曲ねと言えるとかすごい。ううっヒロシじわじわくる。
ユイはまるで子供のようなゆるふわなタイの面倒を見つつ、夜は寄り添って眠る日々を送ります。親子とも兄弟とも親友とも違い名前のつけられない不思議な関係ながらも、互いにその存在が心地よく共に暮らすうち、タイは自分のユイへの感情に違和感を覚えます。
記憶と共に感情も欠落しているタイは「好き」という気持ちがよく分かりません。ユイを大切だと感じ触れたいと思うことについて考えるタイは、レコード店の2階で雑貨屋を営むサトコさんや、すすきののバーの達郎ママの話をするうち少しずつ「好き」についてゆっくり理解していきます。
タイという名前はユイが考えましたが、その理由は「およげたいやきくん」がラジオから流れていて、その時一緒に2人でたい焼きを食べていたから。夕暮れ時に露店で買った美味しいものを一緒に食べるささいな日常。
他人への好意という感情すら忘れてしまっていたタイに名前と幸福をくれたユイの存在が、どれだけ孤独なタイを救ったかは想像に難くありません。
ユイの友人のヒロシが父親の家から出てきた古いレコードを聴いて、家族だった時のことを思いだすシーンは印象的でした。昔よく聴いていた音楽と当時の記憶が紐付けされていることってよくありますよね。
学生の時によく聴いた音楽を今聴くと、あの時のことを思い出して懐かしくなったり。良い思い出だけじゃなくて嫌なことを思い出しても、もう過去のこととして清算されているからかそこまで不快にならないのが不思議です。
後半ではタイが、実の父親の脳の研究の人体実験の対象になっていたことなどヘビーな過去が判明します。タイの記憶は失われたのではなく始めからなかった。
いったいどれほどの期間タイへの人体実験が行われていたのか、投薬や訓練をやめたらタイの脳がどうなるか分かりません。だけどタイは自ら平凡な脳に戻ることを、ユイと共にこれから新しい記憶を作って行くことを選びました。そしてユイのほうもそれを望みます。
実験によって作られた音楽に特化した優秀な記憶を持ったタイの脳。昔の記憶は何ひとつなくとも、楽しかったり切なかったり悲しかったり愛しかったり、そんな思い出はこれからいくらでも作っていけばいい。ユイと一緒に。
人生はいつからでもやりなおせる。誰かがそばにいることの幸福感を知ったタイは、きっとこれから古い記憶にとらわれることなく豊かな人生を送れるんじゃないかなと感じました。
父親は平凡な脳を選んだ息子に落胆したようですが、実験対象のモノとしか見ていない父親にとって、もう実験に前向きではないタイは用無しということなのでしょう。この人体実験はおそらく本人の意思も前提条件になっていたのかなと思います。
何らかの理由で本人の意思が実験に必要なものとして掲げられており、それがなくなったタイは実験対象から外れ、父親もタイを手放したということかなと。
つまらない人間として平凡な脳を持ち生きることがどれほど素晴らしいことなのか、いつかこのお父さんにも伝わるといいなと思いました。そのためにはユイとタイにはずっと幸せでいてもらわないとね。商店街の皆とすすきのの達郎ママ、頼んだよ!
そんなユイとタイの周りにいるキャラクターが濃くてとっても魅力的でした。達郎ママやバーの常連さんたちもなんだかんだ優しく見守ってくれたし、シリアスに流れそうな設定に一筋の明るさをもたらしてくれました。
天城越えを口パクで歌ったり、サトコさんをほぼオカマと真顔で表現したり(笑)達郎ママいわく褒め言葉らしいですが思わず笑ってしまいました。ごめんよサトコさん。
そのサトコさんはBLに出てくる嫌われない女性代表のような人で、私はサトコさんを全力で応援したいと思います。脱サラしてひとりでお店を切り盛りして頑張っている女性が幸せになれないなんてダメ絶対。
今はユイとタイのママ的なポジションですが、いつかサトコさんにもサトコさんの望む形の幸福が訪れますように。
きっと作者のたうみ先生は音楽の力を信じているからこそ、それをひとつのテーマに選ばれたのでしょう。話中に出てきた曲を1つずつ聴いてみたいなと思いました。
これを高校生の時に読むのと、社会に出て荒波にもまれてから読むのではきっと感想は違ってくると思います。他人といろいろあってお疲れの人、商店街や良いオカマというキーワードにピンとくる人におすすめしたいです。
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