村上キャンプ先生の新刊は、ドMの売れない芸人・阿久津×クールと見せかけてかわいらしいエリート社員・泉川のカップルのお話です。
強烈なタイトルからどんな変態エロスが待ち構えているのかと思いきや、中味は純粋でとてもいい子同士の恋物語でした。
ドMの攻めというだけでもユニークですが、ほとんどは阿久津の妄想なのが微笑ましいというか笑えるというか。
ゆっくり近づいていく2人の関係も自然で、脇を固める人たちも良い人ばかりで安心して読めました。
それでは以下村上キャンプ先生の「蔑んで下さい、泉川さん」の感想です。ネタバレ注意です。
蔑んで下さい、泉川さん 村上キャンプ 電子書籍
蔑んで下さい、泉川さん 感想 ネタバレあり
売れない芸人コンビを組む阿久津
19歳のときに自分を蔑む女性の目を見て性的な興奮を覚えた阿久津(攻)
お笑いコンビ「ボブスレー」として活動する今もその性癖は変わらず、乗っかられてののしられる妄想をしてはひとりで満足していました。
売れない若手芸人として地下ライブを地道に開催しつつ、相方の西くんとは貧乏な同居暮らし。西くんは阿久津とは違いイケメンでコミュ力は抜群な愛されキャラ。
ボブスレーとして舞台に立つときには決まってドMネタでいじられる阿久津は、おもしろがってもらえるなら構わないとネタとして自分の性癖を認めていました。
芸人さんは自分の経験を全部ネタにして、いわゆる「いじられキャラ」がおいしいと思えるくらいのメンタルでないと続けられないのでしょう。
それでも全然売れないボブスレー。最初は相方の西くんとどうこうなるのかと思いましたが、そもそもタイトルが「泉川さん」なのでお相手は相方ではなく別の人なのでした。
相方だけがピンで活動することに
地下ライブをしながら清掃のバイト生活を送る阿久津にとって最近の妄想相手は、バイト先のエリート社員の泉川さん。
冷たいその目にハートを鷲掴みにされた阿久津は、とんでもないと思いながらも頭の中では泉川さんに騎乗位で責められる妄想を繰り広げていました。
接点のない2人ですが、ある日地下ライブの呼び込みをしていると相方の西くんが通りがかった泉川さんに声をかけます。
ライブを見てくれた後食事をすることになり、ただの他人だった泉川さんと少し仲良くなった阿久津は妄想に拍車がかかっていきます。
ライブハウスへの呼び込みって辛い人にはとても辛い時間だと思うのですが、西くんは知らない人に声をかけるのもまったく平気なんですね。
さすがコミュ力の鬼。後輩からは慕われて先輩からはかわいがられそうです。度胸もあり、誰とでもすぐに仲良くなれる西くんと、真面目で控えめな阿久津。
ボブスレーは正反対の2人だからこそバランスのとれた良いコンビなのでしょう。ところがある日、ひょんなことから西くんだけがテレビに出演することになりプチブレイク。
もともとイケメンで華のある西くんはたちまちピンの仕事が増えていき、阿久津はどんどん複雑な感情が募っていきます。
こういうことはリアル芸人さんにもありそうな葛藤で、本人たちはもちろんコンビとしての2人のファンからしても思うところあるのかもしれません。
西くんと阿久津のコンビ愛
ところがピンで売れかけている西くんはというと、調子に乗るわけではなく逆に阿久津に対する尊敬の気持ちがますます上昇していました。
普通はぎくしゃくしそうなものですがもう長い付き合いのボブスレー。オ○ニーをしているところを目撃しても動じないくらいの安定した関係です。
その関係の中で西くんは自分だけプチブレイクしてしまい、だけど自分の人気は実力ではなくたまたまの偶然が重なったものだと自覚していました。
コンビとしてのコントは阿久津が作っているし、おもしろいことを考えたり創造したりする能力を心から尊敬している西くんがとてもいい人でコンビ愛にほろり。
先に売れた西くんに阿久津がちょっと卑屈になっていても、本当は西くんのほうが阿久津に憧れていて仕事の相方としてとても大事にしていることにじーんときました。
西くんも阿久津もどちらもいい人で、この2人は仕事の相方としてそばにいることが一番しっくりきます。
泉川さんは何かを引き寄せる体質!?
西くんがピンで注目を浴びるようになったことから、お笑いコンビとしてのテレビの仕事も舞い込んでくるようになります。
阿久津は、食事してからちょっと冷たくなったように感じる泉川さんにも報告することができそうだと喜んでコントの作成にも気合が入っています。
良い方向に回り始めて浮き足立つ阿久津ですが、なんとうっかり階段から落ちて骨折。コンビとしての仕事は流れてしまい心が折れてしまいました。
そこへ泉川さんがお見舞いにやってきます。いきなり謝罪から入る泉川さんに驚く阿久津。なんでも泉川さんは関わった人に災いをもたらす傾向があるらしく、阿久津の骨折にも責任を感じていました。
だから泉川さんが食事後ちょっと冷たくなったんですね。お笑いのライブを見て阿久津を好意的に思っていても、これまでの数々の関わった人達の不幸を見て不安になって距離を保っていたのでした。
泉川さんのせいだなんて、そんなことは絶対にないはず。それを証明するために、次のテレビの大きなお笑いの大会で優勝してみせると宣言する阿久津が男らしかったです。
見事なフラグ回収
コンビのライブに泉川さんが見に来てくれるようになり、顔を見ると心が軽くなっていく阿久津は泉川さんのためにも頑張ろうと心に誓います。
泉川さんのほうも阿久津のコントを見ているとおもしろくて元気になり、しょっちゅうライブにも足を運ぶようになっていきました。
がしかし「良くないものを運んできてしまう」というジンクスを壊すべく「絶対優勝します!」という綺麗なフラグを立てた阿久津は、案の定お笑いの大会で優勝を逃してしまいました。
かっこよく優勝宣言した次のページでもう優勝を逃したシーンだったことが地味にじわじわきます。
阿久津の考えるコントが「タイミング悪い鶴の恩返し」とか「気を遣う逮捕」とか「ヤブ医者にもほどがある」とかタイトルを見れば見るほどだんだんおかしく思えてくるミラクル。
爆笑ではなくくすっと笑えるシーンが多いのは村上キャンプ先生の真骨頂でしょう。
でも4000組の応募者の中からテレビに出られる決勝まで這い上がっていって10位という成績はそれだけでも十分すごいことです。
ボブスレーには底力があるということなので、これからブレイクしていくといいなと思いました。
顔半分が真っ黒な阿久津に注目
泉川さんとの約束を守ることはできませんでしたが、決勝戦の後に会いに来てくれた泉川さんと会う阿久津。
それまで眠っていた阿久津の顔半分が真っ黒に塗りつぶされるという芸人仲間からのいたずらには、くすっと笑えるどころか吹き出してしまった…悔しい(笑)
あんなにきれいに塗りつぶせるものなんだなと妙なところで感心してしまいます。
しかもこのイタズラのおかげで阿久津は泉川さんの家に行くことができて、そこでお互いの気持ちを確認しあうという素晴らしい流れです。
泉川さんとの愛のあるエッチに大満足して、自分を冷たい目で蔑んでなじって見下してほしいなんていう考えも吹き飛んだ阿久津。
…に見えましたが、その後芸人のノリでゲスい話をしてしまった時の泉川さんの軽蔑の眼差しに、やっぱり思いきり興奮してしまうドMな阿久津なのでした。
描き下ろしは、そんな阿久津の性癖を満たそうと頑張る泉川さんのエッチな奮闘記です。
ののしったり蔑んだり、阿久津のために普段のキャラとは違う自分を演じる泉川さんの資質に、もしかすると今後目覚めるのかもしれないなと阿久津と一緒にちょっと期待してしまいました。
甘酸っぱい青春BL「クローゼット」
読み切り短編「クローゼット」は、大学生のかわいい2人が近づくことになるきっかけの甘酸っぱいお話です。
関心を持ってもらいたくて、ありもしない話をでっちあげて気を引く藤咲と、それに気づいても気持ち悪がったりせずに受け止めてくれた吉田の今後の関係に大いに期待。
吉田がいい奴すぎて、結局半年後にしかエッチできなかったという初心さもいいですね。肩を抱こうとして悶々としてしまう吉田がいい人すぎてキュンとしました。
まとめ
2人が惹かれあってくっつく流れが、お笑いの大会までの盛り上がりと一緒になって盛り上がっていってとても自然でした。
基本的には阿久津視点でお話が進んでいくので、泉川さんの気持ちがどうなのかドキドキしながら読みました。
泉川さんが距離を置いたのもクールに見えたのもちゃんと彼なりの理由があり、阿久津のためを思っての遠慮だったのが良かったです。
好きな人が見ていてくれるから元気に頑張れるという阿久津も、そんな阿久津の姿勢や仕事ぶりに心惹かれる泉川さんも2人とも誠実でとても好感がもてました。
西くんという、これまたいい人が阿久津の相方だったというのも魅力です。お互いにない部分を補いあえて尊敬しあえる理想的なコンビだなと思いました。
あとがきの「キャンプと森のなかまたち」ではひとりでブツブツ妄想するキャンプ先生を優しい目で見守るキャンプママ&パパにほっこり。あとがきまで楽しい心温まる作品でした。
エッチはあるもののそこまでハードではないし、多くは阿久津の脳内妄想の中なのでマイルド。嫌な人が1人も出てこないので読後感の爽やかさはピカイチでBL初心者の人にもおすすめです。
素朴な絵柄は好き嫌いあるかもしれませんが、いわゆるへたうまで味があって私は作家買いする大好きな先生です。
キャンプ先生の次回作も楽しみにしています。