心に傷を抱えたイケメン×平凡リーマン+子どもの組み合わせに、家族って何だろう?愛するってどういうことだろう?と考えさせられるホームドラマBLです。
子どもが出てくるBLってどうなんだろう?ちびっこがカップル成立のために都合よく使われている感じがしてどうも…と腰が引けている人にもこれはおすすめです。
リアルな世界のいろんなことに疲労している時に読むと、3人の関係性がじわっと心に沁みて涙腺が緩んでしまいました。それでは以下「雛鳥は汐風にまどろむ」の感想です。※ネタバレ注意です。
雛鳥は汐風にまどろむ 電子書籍
雛鳥は汐風にまどろむ 感想 ネタバレあり
姉の子をひきとって育てるお人好しリーマン勇一
1年前の事故で両親と姉を一度に亡くし、実の姉の子どもである小学生の歩をひきとって、子育てしながら暮らしている勇一。バリバリやっていた仕事も離れ、社内で異動を希望し、静かな海辺の街に引っ越して2人で暮らすことになりました。
勇一は、事故以来ショックであまり笑うことも泣くこともなくなった歩ことを常に気にかけています。無表情な歩の気持ちを読めず、ぎくしゃくしつつも新しい生活を始める2人。
近所でお惣菜屋さんを経営する陵と知り合いになった勇一は、仕事終わりにお店に足しげく通うようになります。歩との距離を測りかねている勇一は、同い年の勇一と気楽に話せることで癒されていきました。
ある時、海でシーグラスを見つけた勇一&歩。もともとはガラスだったものが何年も海での波に揉まれるうち、角が取れて丸くなり美しい宝石のようになるシーグラス。
歩は勇一の誕生日プレゼントにしようと内緒で海に通うようになります。偶然海で居合わせる陵に見守られながら、せっせとシーグラスを探して集める歩。
ところが台風の近づいたある日、勇一はささいなことで歩に声を荒げてしまいます。飛び出して行った歩は陵に保護され、そこでうながされた歩は、やっと幼いなりに勇一への気持ちを口にするのでした。
いきなり母親と祖父母を失った小学生の歩の精いっぱいの心の叫びには思わず涙腺が緩みます。陵が背中を押してくれたこともあり、歩の本音や不安と向き合う勇一もまた、立派な養育者としてとても眩しかったです。
勇一だって本当は、思うようにいかない仕事や慣れない育児に「なんで俺ばっかり」「ぜんぶ放り出して逃げ出したい」と心の奥底では思っていたのでしょう。
でもお人好しで善良な性格も相まって、ギリギリのところでずっと蓋をしていました。職場の人にこっそり嫌味を言われてもぐっと飲み込んで。。。
これが積もり積もるとストレスになって、歩との関係まで悪化していたであろうと思うと、たまには愚痴を言って吐き出したり、宅飲みしてうだうだできる陵がいたことが救いになっていたに違いありません。
恵まれない家庭環境で育ったイケメン陵
華のあるイケメンで万人に対して人当たりのいい陵は、その美しい笑顔の奥にしまい込んだ過去を抱え、都内を離れて海辺の街へと流れてきました。
子どもの頃に親と離され、引き取られた親戚宅でも冷遇されてきた幼少期。どこにも居場所がなく、寂しさを抱えて生きていた陵は、男女問わず幸せそうな他人を奪うことで自らの寂しさを埋めようとします。
しかし当然そんなことをくりかえしていては周囲でトラブルが続出します。親兄弟まで巻き込んだいざこざから逃げるように職を転々としながら生きてきた陵は、逃げるように流れ着いた海辺の街で小さな惣菜屋を開き、孤独に暮らすしか選択肢はありませんでした。
陵にとって「愛情」というのものは、奪うか奪われるかだけの存在だったんですね。分かち合うもの、ただそこにあるだけでかけがえのないものとして考えることができませんでした。
子どもの頃から望んでも得られなかった途方もない孤独と寂しさを、幸せな人から奪うことだけで満たせると思っていたのでしょう。
愛情を与えらることがなかったから、与え方も受け止め方もその意味も分からないまま大人になり、人から奪っても奪っても「何かが違う」と自分の中での違和感だけが残って虚しさが募るばかりなのでした。
そこへ出会ったのが、昔の自分を彷彿とさせる歩とその親代わりの勇一です。歩に自分を重ね、勇一を欲しいと思う陵。ところが勇一を奪った瞬間に欲しくなくなることを過去の経験から学習している陵は、ふっと生きる気力を失い海の中へと入って行きます。
引き寄せられるように死のうとした陵を引き留めたのは、電源を切っていたはずなのに繋がった1本の電話でした。相手はもちろん勇一です。
人が死を選ぶ瞬間なんて、案外こういう、ふっと気力が失われた時なんじゃないかな。電源を入れてくれたのは、かつてこの街で暮らしていた陵の亡きお母さんがまだ来ちゃだめだと言ってくれたのでしょうね。。。
いろいろあって都会の喧騒を離れ流れ着いた街で、陵を心配して電話してくれる人ができたこと、死を思いとどめるにふさわしい大切な人ができたことにホッと胸をなでおろしました。
感想まとめ
作中にぐっとくる台詞もたくさんありました。暗い過去を背負って生きる陵に向かって勇一が投げかけた何気ないひとこと。
「シーグラスはたくさん揉まれて丸くなることで価値が生まれるのなら、今のお惣菜屋さんも宝石みたいだと思う人がいるんじゃないかな」
愛情たっぷりな幸せな家庭で育たなかった陵にとっては、過去を否定せずにそのまま受け止めて、過去があっての今だとさりげなく言ってくれたこのセリフは、のちのちまで大切なものとなったこどでしょう。
親も家庭環境も子供には選べません。陵を見ていると、愛情に恵まれなかった幼少期の寂しさや孤独が、大人になってからの人生をこんなにも苦しめるのだと、息苦しさを覚えるくらいでした。
きっとリアル社会にも、今まさにそれでもがき苦しんでいる大人がたくさんいるんじゃないかな。みんな平気なふりで生きてるけれど、誰しも大なり小なり抱えるものがあるものです。
生きづらさを感じたり、何をしても埋められない虚しさを抱えながら生きる人たちがたくさんいて、誰もが陵にとっての勇一のような人を見つけられるわけではありません。
そう思うと、この静かな海辺の街で2人が出会えたことで、お互いに救われたり癒されたりする人生が見つかって本当によかったと思いました。
愛情は奪い奪われ消耗していくものではなく、与え与えられてどんどん増幅していくもの。海辺の美しい街で、陵と勇一と歩の3人で幸せになれるし、これから彼ららしい家庭を共に作っていってほしいです。
当て馬というほどではなかったのですが、歩の同級生の和也ママも勇一と陵の関係をフォローしてくれる超いい人で、BLに出てくる典型的な嫌な女ではなかったのもとても好印象でした。
和也ママもいつか誰かと幸せになってほしいな。勇一をちょっといいなと思っていたくらいだから男を見る目はあるはず。美人で性格も良くてはつらつとしている彼女ならきっと幸せを手にできるでしょう。
電子限定の描き下ろしは3年後の3人の微笑ましいショートでした。歩がちょっと大きくなってて相変わらずかわいい。和也くんとも仲良くやってるみたいでニヤニヤしてしまいました。幼馴染尊い。
巻末ショートの、川の字になって眠る3人と、水面下どころかガンガンにライバル心剥き出しの歩と陵にも笑ってしまいました。やっぱりこの2人似た者同士ですね。
BLらしいエロもありつつしっとりした切ないストーリーが好きな人、傷ついた人たちが出会って再生していくホームドラマに優しい気持ちになりたい人、いろんな過去を抱えてちょっぴりお疲れで癒されたい人、絵柄も安定しているのでBL初心者の人などにおすすめです。